2011-04-01

チェルノブイリ旅日記 ある科学者が見た崩壊間際のソ連 [瀬尾 健著]

1990年に、チェルノブイリ原発事故の調査のためソ連を訪れた京都大学の原子力研究者の旅行記。原発事故の痕、崩壊寸前のソ連について描いている。福島原発の事故が現在進行中の今読むと、非常に示唆に富んでおり、ここで述べられているチェルノブイリの惨状が真に迫って感じられる。

瀬尾氏は原発に反対する立場。IAEAや通産省を痛烈に批判している。事故調査を通産省が行うということは、「マフィアに麻薬捜査を任せるようなものだ」(p.248)とまで言っている。

反面、科学者として危険を知りながら事故を防げなかった自分を責めてもいる。「一般の人たちは、まず「科学者」に責任を全部おっかぶせることができる‥‥そういう問題の立て方をしても誰も怪しまない‥‥われわれはどうすればいいんだ」(p.158)

1986年にチェルノブイリで事故が起きた時、恐ろしいと思う一方、ソ連のような杜撰な行政だから起こったのだ、とも思った。ところがその頃、福井県の美浜やこの福島でも原発の事故はあったのだ。今回ほど決定的な局面に発展することはなかったけれど。そして今福島ではチェルノブイリで起こったことがすべて起こっている。命がけの消火活動、住民の避難、農業の廃業、政府の説明不足、巷に行き交う安全論と強硬反対論、IAEAの介入。行政が杜撰かどうかに関わりなく、事故は起きるということがわかって、今世界は福島に注目しているし、収拾に躍起になっているのだろう。

瀬尾さんは「批判的な目を持つ広範な大衆の存在が不可欠」(p.230)と言っている。学歴があるかないかに関係なく、ひとりひとりが自分で考えることをしなくては。イトイさんが言っている"消費者力"を持たなければ。それにはやはり良質の教育が必要か。

大学の研究者が書いたから専門的な面白みのない文章かと思っていた。ところが読み始めるとぐいぐい引き込まれて、どんどん読み進んでしまった。ソ連社会が生々しく描かれているし、原発のこともわかりやすく書かれている。この先生はどんな人なのだろう、と巻末の略歴を見たら研究所の助手とある。発行当時すでに50代になっているのに。それでネットで調べてみたら、この本が発行された2年後、1994年に亡くなっていた。ガンだったとのこと。放射能が原因ではないと思う。この本からも読み取れるがかなりのヘビースモーカーだったよう。

1995年に一周忌が行われ、追悼文集が編まれた。この追悼文集のPDFをネット上で見ることができる。1995年といったらまだパソコンはそんなに普及していなかった頃だし、PDFを使う人は少なかったと思う。印刷物をその後PDFにしたのではないだろうか。瀬尾氏が人間としてかなり影響力を持っていたことがうかがえる。

この本で瀬尾氏と一緒にチェルノブイリを訪れた相棒の今中氏は、福島原発の事故に関して発言を続けていらっしゃる様子。

しかしこれだけ精力的な研究活動をしているにもかかわらず50代で助手というのは、原子力研究がどれだけ政治的な影響を受けているかが垣間見えるようだ。

ところで、2011年4月1日、原子力の専門家が記者会見を開き、「総力結集」の提言を発表するとともに、事故に至ったことを国民に陳謝した。元原子力安全委員長は「謝って謝れる問題ではない。この事態を避けることに失敗した人間として、考えを突き詰めなかった点で社会に対して申し訳ない」と述べた。(朝日新聞2011年4月7日15面)