2012-10-04

僧正殺人事件 [ヴァン・ダイン著]


都筑道夫著「黄色い部屋はいかに改装されたか?」に、外せない本格推理の古典とあったので読むことに。

ニューヨークの高級住宅街の一角で、ある男が弓で胸を射られて殺される。その男の名はクック・ロビン。(パタリロ?!)そして、マザー・グースの唄になぞらえるように次々と殺人事件が。被害者はみなある数学者と関わりのある人々だった。僧正を名乗る人物からの犯行声明らしき手紙が届き、捜査は難航する。

もしかしたらむかーし、推理物を読み始めた小学生の頃に読んだのかもしれない。目星を付けた登場人物が犯人だったし、犯人のように描かれている登場人物が犯人ではない証拠、というのにも見当がついた。

こういう本格推理の主人公の探偵は大体冷戦沈着で物に動じることがないが、ファイロ・ヴァンスも「生まれつき冷静で、いつもは感情をつとめて抑制するように心がけて」いる。有力な手がかりとなる証言が語られている時、ヴァンスは「ゆっくりと思索するようなかっこうで、ポケットに手をやり、シガレット・ケースを探って」みたり、「ゆっくりとかがみこんで、あのいかにもごていねいなやり方でシガレットを灰皿に押しつぶしていた」りする。それが「興奮を抑えている証拠」なのだ。どうしてそんなに落ち着いていられるのですか。

数学者と関わりのある人々が殺されるので、数学の公式や物理学についての理論などが多数出てくるし、ヴァンスが数学や物理学について語る場面もある。リーマンとクリストフェルのテンソルという、球面ホマロイダル空間のガウス曲率の決定に使う空間の無限性を表現した公式が事件の鍵となっている。この説明、本からの抜き書きだが、意味がまったくわからない。

そういうわけで「僧正殺人事件」は単なる殺人事件解明の物語ではなく、読者の知的好奇心を掻き立てる教養小説でもある。ヴァン・ダインは最初覆面作家としてファイロ・ヴァンスシリーズを書いていたので、これほど教養のある作品を書くのは誰なのか、と当時作者を探し出す騒動もあったとのこと。

殺人事件の解明を軸に知的好奇心を掻き立てる教養小説といったら、個人的にはウンベルト・エーコの「薔薇の名前」が最高傑作だと思う。

僧正殺人事件は1929年の作品。