2012-09-22

旅する胃袋 [篠藤ゆり著]


この本を読んで旅心を刺激されタイへ行ってきた、という知り合いの話を聞き、読むことに。

篠藤さんが旅したバンコク、インド、中国東北地方、カラコルム・ハイウェイ、チベット、ラダック、タイの山岳民族の村、ブラジルアマゾンの河港の町、ミャンマー、モロッコでの出来事がその地での食事を中心に語られている。

篠藤さんほど大胆かつディープではないが、私も旅をしてきた。冒頭のバンコクの市場の描写に1997年に初めてバンコクを訪れた時のことがまざまざと思い出された。バックパッカーの旅行記は読まないのだけれど、この本にはとても共感した。

「この地に生まれ、死ぬまでこの地を離れることなく生きていく人たちとは、住む世界が違う。もちろんかく言う私も、しょせん呑気に旅ができる身分の人間である。せめてそのことを、しっかり肝に銘じておきたいと、私は思う」

特に旅心を誘われたのは、カラコルム・ハイウェイの旅。高校時代、K2から戻ったばかりの広島先生の地理の授業で、恐らくカラコルム・ハイウェイの写真をスライド上映してくれた。当時は欧米文化に憧れる年頃だったので、なんて地味でイナカくさい所だ、と思いつつ観ていた。今はものすごく行ってみたい場所だ。

ラジャスタンの道中記には、読んでいて心に沁みいるものがあり所々で涙ぐんでしまった。たかろうとする人、毅然と自分の責務を果たそうとする人、良心に従って生きている人。同郷の人に会いたいという気持ち。

なぜ旅をするのか。今の自分の居場所から逃れたいから、とか、知的好奇心を満たしたいからとかいうのもあるが、それを超えて、旅には人をひきつけるものがあると思う。

見たことのない、想像を超えた自然そのままの景観に身を置くこと。人の好意に触れ、異国の人たちと心を通わせること。思いがけないすべての出来事が深く心に刻まれる経験をしたいのだ。使い古された平たい言葉で言えば、感動したい。旅の記憶と感動は、お棺の中まで持っていける唯一のものだと思っている。