2010-09-20

式根島・新島

9月18日から20日まで、式根島と新島を旅してきました。

9月17日(金)の深夜11時に竹芝桟橋からさるびあ丸に乗船、翌18日朝8時25分に式根島着。

民宿に荷物を置いた後、レンタサイクルで島内を回りました。式根島は約4平方キロ住民500人の小さな島ですが、海岸、森、温泉に恵まれた魅力的な島です。

小さな入り江の泊海岸で泳いだり、森の中の神社を参拝したり、海中温泉に入ったり、盛りだくさんに遊びました。

島の西側はハイキングコースになっているようですが、そちらに行く時間はなく残念。次回来る時は、島の西側を歩くつもりです。

式根島は、穏やかで幸せな場所という印象でした。

19日朝、式根島から連絡船で新島へ。二つの島は連絡船でほんの10分程度しか離れていません。

民宿に荷物を置いて、レンタカーで若郷という村へ行きました。若郷は島の南にあり、そこまでは長ーいトンネルを抜けていきます。

若郷から戻って、島の北側にある向山の展望台へ。

新島にはコーガ石と呼ばれる鉱石があり、これを砕いて加熱すると、薄緑色のガラスになります。向山はコーガ石の採掘場でもあります。

展望台からは新島の海岸線、式根島、その向こうの神津島まで見渡せました。

しかし私は式根島で張り切りすぎたせいで疲れとともに頭痛が。民宿に戻って夕方まで休みました。


旅行3日目の20日は、出発までの間、羽伏浦(はぶしうら)海岸へ行ったり、十三社(じゅうさんしゃ)という神社を参拝したりしました。式根島も新島も、お稲荷さんの祠が石造りなのが特徴的でした。

午前11時25分にさるびあ丸で新島を出発。午後6時に竹芝桟橋に帰り着きました。

新島からの乗船客はサーファーが多く、デッキのサーフボード置き場には何十枚ものサーフボードが置かれていました。そういえば、式根島で下船した人たちの中に外国人がかなりいたのは意外でした。

旅行中は好天に恵まれ、9月中旬というのに気温は30度を超え、海水浴も楽しめました。

旅行から戻ったら急に涼しくなり、次の週末はいきなり気温が20度前後に。島で最後の夏を楽しむことができました。

2010-09-16

死体が語る歴史[フィリップ・シャルリエ著]


歴史上の人物の遺骸を検死して判明した事柄について書いている。死体について語っているのだが、その人が生きていた時の状況が鮮やかに描かれていて、不思議な感じ。

ダウン症は先史時代からあったとか、回虫病が進行すると鼻から回虫が出てきたとか、興味深い事実を知ることができた。

三銃士の登場人物でもあるリシュリュー枢機卿、アンヌ・ドートリッシュ妃のことも書かれていて興味深かった。リシュリュー卿が死ぬと顔面の皮膚を剥いで遺体とは別に保存した。また、アンヌ王妃は乳ガンで死んだとのこと。

フランスでは王族が死ぬと心臓だけを取り出して別に保管しておいたという。でもフランス革命で多くの王族の遺骸や心臓が破壊されたり紛失したので、古病理学としては痛手だと言っている。

作者はフランス人の古病理学者で文学博士。古病理学の分野では第一人者のようなのだが、1977年生まれとまだ若い。検死で判明した情報によって、歴史上の論争が解決に導びかれたことも多々あるよう。

2010-09-08

ラーマーヤナ [エリザベス・シーガー著]


インド神話のラーマーヤナをわかりやすく、簡潔にまとめた本。

タイやインドネシアなどでも、壁画や人形劇の題材となっている。この話を知っていれば、東南アジアの文化もより楽しめるというもの。

ラーヴァナという悪の大王を倒すため、ヴィシュヌ神がラーマ王子としてこの世に生まれてくる。ラーマは正義の王子として名を馳せるが、父王の第三王妃の策略によって14年間国外へ追放され、美しい奥方シータ姫と共に各地を行脚する。シータの美しさを知った悪の大王ラーヴァナはラーマからシータを奪い、自国ランカーへ連れ去ってしまう。

シータを奪回しようとするラーマに猿王国が加勢。猿王国の大臣であり戦士であるハヌマーンの活躍によってラーマ王子はラーヴァナを打ち倒し、シータ姫を救い出し、物語はハッピーエンドを迎える。

面白い。それにしてもこういう昔話には、わかりきっているのにウソをついたり、言いつけを守らなかったりして、自分自身や主人公を困難に陥れるという筋がよくある。読んでいて、バカだね、と思うけれど、そうでないと"お話し"にならないわけで、実際の人生もバカだね、ということがあった方が面白いのかもしれない。

2007年12月から2008年1月にかけて行ったインドの旅行記を書いていて、どうしてもラーマーヤナについて知らなければならなくなり、読んだ。

9月中もインド旅行記にかかりきりで、ブログの方が疎かになってしまった。おかげさまでインド旅行記は全編完成。写真だけでも見てください。

2010-09-07

マイルズになっていくメーガン [NPR]


Original title: Becoming Miles: The Journey Of Changing Sexes

性同一性障害のメーガンという女性がマイルズという男性になっていく過程を追った話。

メーガンは手術に向けての治療を受け始めてから声の日記を録り始める。夜中に歩きながら自分の思い、考えなどを話している。なぜ録音、と思ったが、治療が進むにつれて彼女(彼)の声がどんどん変化していくのがよくわかる。手術を受けて完全にマイルズになった声は、男性の声になっていた。とても明るい声の男性に。

性同一性障害であること、手術を受けることをマイルズは両親に手紙で打ち明けている。母親は、「我が子は死んだわけではないし、私たちの関係は変わらない」と言っているが、父親は「自分が知っているあの子はいなくなってしまった」と悲しんでいる。でも両親は「いつも愛している。これまでもずっと愛していたし、これからもずっと愛してる」と言っている。

本当の自分が親を悲しませることになり、でも本当の自分としてより良く生きたい葛藤は誰にもあると思う。親は我が子を自分の分身と思っているかもしれないけれど、逆を考えてみれば親を自分の分身とは思わないわけで。どのような形であれお互いを思いやっていれば、それでいいのではないだろうか。

2010-09-04

アマデウス [ミロス・フォアマン監督]


音楽と街が素晴らしい。もちろん俳優も素晴らしい。

チェコの街が、当時のウィーンをよく演じている。1984年制作。当時はまだ冷戦中だったけれど、今振り返るとすでに終わりが始まっていたのがわかる。でなければ、東側の国の首都でアメリカ映画の製作に協力するはずがなかったろうから。

オペラのシーンがとりわけ印象に残る。オペラ歌手役の俳優と実際に歌っている歌手のダブルキャストだった。貴族向けのオペラと庶民向けのオペラでは、舞台装置が異なるし、観客の衣装と化粧も異なっている。画面に現れているすべてが凝っている。

モーツァルトの生活はもちろん脚色されているだろうし、サリエリとの関わりがどうだったのかはわからない。でも、天才ミュージシャンの生活って古今を問わないようだ。それともピータ・シェーファーが、現代のミュージシャンから着想を得てモーツァルトをこのように描いたのか。

ディレクターズカット版で長いが、モーツァルトの音楽を楽しめる。見る度に、ラストのモーツァルトのお葬式にはショックを受ける。

2010-08-22

カサブランカ [マイケル・カーティズ監督]


ハンフリー・ボガード、カッコよい。カッコよさが全く自然だ。だからみんな真似したがるのか。

ラストの別れのシーン。バーグマンが「あなたはどうするの?What about you?」「I have Paris....パリの思い出がある」涙がどーっと流れた。カッコよすぎる、切なすぎる。映画史上最も泣かせる男だ。

カサブランカはセリフが聞きやすく、正しい英語が話されている。セリフを全部覚えたら、日常英会話に全く不自由しないと思う。

シナリオ本を買ったらラストのセリフはこうだった。
"But, what about us?" "We'll always have Paris."

1943年制作。戦意高揚映画として制作されたと言われている。一緒に見た母は「やっぱり戦争はいやだと思った」と言った。

2010-08-20

第三の男 [キャロル・リード監督]


カッコいい映画だ。グレアム・グリーンが脚本を書いている。キャロル・リード監督の演出がクール。この映画の演出をみんなが真似するのも道理だ。全てのカットがカッコいい。

登場人物も全員クール。ラストシーンの佇むジョセフ・コットン、冷酷そうで人情がある大佐、職務に忠実で大らかな軍曹、時代に翻弄される美女。

オーソン・ウェルズ、男前だ。二枚目でないけれど、憎めないユーモアと冷たさが共存する魅力的な人物だ。恋人が彼を忘れられないのも無理はない。ふてぶてしさとみっともなさ。

オーソン・ウェルズの顔に明かりが当たるシーン。いつも車のライトが当たって顔が浮かび上がると思い込んでいるのだけれど、窓からの明かりなんだ。このオーストリア人のお節介さもそれまでの話の流れで自然に見える。そういう演出をしているからだ。

1949年制作。戦後すぐのウィーンだからこその怪しげで妖しいストーリーだ。

2010-08-17

銃・病原菌・鉄 (上) [ジャレド・ダイアモンド著]


大変興味深く、面白い、考えさせる本。朝日新聞が選んだゼロ年代の50冊の第1位になった本。

征服する国と侵略される国は、なぜ立場が逆転しなかったのか。なぜアフリカ諸国がヨーロッパ諸国を植民地化するという歴史のシナリオにならなかったのか、その背景を探っている。

今まで著者が提供している観点から歴史を眺めることはなかった。上巻を読んだだけだが、ここで語っているのは歴史の流れではない。地球の環境と人類の行動を結びつけて歴史を考えている。

なぜ人類社会は発展していったのか。この本で言っていることを簡単にまとめることはできないけれど、農業に適した土地に農業に適した動植物が生息していて、農業文化の伝達に適した地形であったことが大きな要因のようだ。

この本を読んで、日本が明治維新で"異国から日本を守った"ことはすごい偉業なんだとわかった。

とても印象に残っているのは、狩猟採集生活は人類が何万年と続けて来た伝統的生活様式だけれど、この数十年のうちにこの生活様式は完全になくなってしまうだろう、ということ。

狩猟採集生活社会の方が穏健で、定着農業生活社会の方が攻撃的だという見方にも驚かされた。たしかに縄文人と弥生人を考えてもあてはまると思う。

下巻を近々読む予定。

2010-08-15

白馬八方池


長野県白馬村の八方池へ行ってきました。

14日土曜日、午後10時に新宿を夜行バスで出発、翌15日午前6時前に白馬村に到着。

標高1684メートルの黒菱平までゴンドラとリフトを乗り継いで上がり、黒菱平から八方池目指してゆるゆると登っていきました。

高山植物のシーズンで、登山道脇には様々な種類の可憐な花が咲いていました。花を見つけては写真を撮り、時間をかけて八方池山荘まで登っていったので、高山病はうまく回避できたようです。


午前10時頃、標高2086メートルの八方池に到着。まだ時間と体力に余裕があるので、唐松岳へ向かう登山道を、行けるところまで行くことに。

八方池まではよく整備された登山道でしたが、八方池から唐松岳へ向かう道はだんだん本格的な登山道になってきました。

途中、谷を見下ろす斜面沿いの道で、下山中の女性とお話ししたところ、ここからちょっと先に大きな雪渓があるとのこと。そこまで頑張って行くことにしました。

女性の話では、昨日、一昨日と雨が降り続けていたので、景色は何も見えずびしょ濡れになり、多くの登山者が途中で下山して行ったとのこと。今日は雨が上がって稜線も見えて、ツいている日でした。

途中、バテそうになりましたが何とか雪渓に辿りつき、ここで昼食。雪が残っているだけあり、半袖では寒い位気温が低い場所でした。

同じ道を戻って下山しました。八方池山荘からリフト、ゴンドラを乗り継いで白馬村まで下り、白馬駅へ向かう途中、温泉に入って汗を流しました。さっぱり。

松本からあずさ号で帰ってきました。車中爆睡。でも充実感のある一日でした。

北アルプスは、パタゴニアに匹敵する美しいところです。

2010-08-07

ゴッドファーザー [フランシス・F・コッポラ監督]


重厚な人間ドラマだ。どの俳優もその役柄の人間を描き切っている。

アル・パチーノがいかに素晴らしい俳優であるかわかる。以前、ブエノスアイレスのホテルのテレビでゴッドファーザーを見た。スペイン語に吹き替えられていたけれど、アル・パチーノの演技のすごさがひしひしと伝わってきた。ファミリーから距離を置こうとするシニカルな末っ子から、父親のためにファミリービジネスにのめりこんでいく過程、ファミリーを守るという名目のためにファミリーに対して冷酷に厳格になっていく矛盾。

演出が斬新だ。ゴッドファーザーで用いられた演出法がこの後制作された色々な作品に反映されていると思う。冷酷な出来事と、家庭的な出来事を同時に描いている。特に食べ物の描写が。

II、IIIとも評価が高いけれども、やはりこの一作目が完成度が高いと思う。

それにしても、コルレオーネ・ファミリーのママってどんな人なのでしょうか。父親と子どもたちとの絆はとても密なのだけれど、母親との関係があまり描かれていないし、ママはファミリービジネスをどう捉えていたのだろうか。この人が一番怖い人かもしれない。

1972年制作。