2012-01-14

灼熱の魂 [ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督]


カナダに移住した中東出身の女性が、子どもたちに奇妙な遺言を残して亡くなる。すでに成人になっている男女の双子は、母親の遺言に従って、死んだはずの自分たちの父親と、存在さえ知らなかった兄を探す旅に出る。

亡くなった母親が中東のどの国の出身なのかは定かではないが、故郷の村から都会へ移る旅と、双子の娘の方が母親の痕跡を求めて中東の町を旅する場面が交互に描かれる。母と娘を演じる二人の女優がとてもよく似ているので、場面が変わった時に、どの時代にいるのかちょっと混乱する。それが映画のテーマを表わしているわけだけれど。

ヨルダン旅行から戻った10日後にこの映画を観た。中東がまだ身近に感じられる時だったので、より深く心を打たれた。登場人物が身につけているスカーフの色でどちら側の人間なのかすぐ判るくらい中東気分から抜けていなかったので、人ごとに思えなかった。

「灼熱の魂」を観ながら思ったのは、サンデル教授のいうコミュニタリアンの考えを持たざるを得ない世界が厳然とあるんだ、ということ。リバタリアンかコミュニタリアンか、という論争をしている場合じゃないんだ。

「その人自身は同意した覚えがなくとも人間には守らなくてはならない道徳的つながりがある」。もし「灼熱の魂」の双子が、生まれる前のことは関係ないと自分本位で生きていくことを示したら、観客はこの映画からこれほどの感銘は受けないと思う。

映画紹介のあらすじから、"衝撃の結末"を予想していたけれど、そこに至る経緯に絶句。観客は腰を抜かしていた様子。

2012年1月時点で、シリアでは政府による弾圧で4000人の市民が殺されているとのこと。エジプトの反政府デモで逮捕された女子学生が拘置所で性的な屈辱を受けたことも報道された。映画が描く世界は、現在進行中なのだ、ということが一番怖ろしい。