2009-09-01

フランス料理を私と [伊丹十三著]



伊丹十三が著名人(おもに心理学者、文化人類学者など)の自宅の台所で、フランス料理を作り、それを食べながら対談するという、文藝春秋の連載企画の単行本。

フランス料理は辻調理専門学校の講師がついて指導していて、各章のあたまに、写真入りで実況中継風に料理の作り方が掲載されている。そういうわけで、「全ページカラーというこの種の書物としては馬鹿馬鹿しい構えにならざるをえず、・・・若干値段が高くなっているが、これはやむをえないことである、とご賢察いただかねばならぬ。」と、ことわりがある。1987年発行で値段が2600円。

料理について。フランス料理って、本当にバターとクリームをふんだんに使っている。これでは動脈硬化を起こしそうだけれど、食事中にワインを飲むから相殺されているのか。ワインは侮れない、と思った。それからワインを夕食後に少し飲むようになった。

コンソメスープは仏教に通じる、と思った。コンソメの作り方は、野菜や肉の屑などを卵白で和えて、ブイヨンに入れてゆっくりと煮ていく。表面に灰汁が浮いてくるのだけれど、これを卵白がすべて吸ってしまい、その下には黄金色の澄んだコンソメスープが!泥の中の根が美しい花を咲かせる蓮のようではありませんか。

対談について。忘れられないのは、精神医学者の福島先生の「人間を変えることほど面白いことはないんです」という言葉。ちょうど戸塚ヨットスクールの事件があった頃で、福島先生、岸田秀氏、佐々木孝次氏の3名を招いて、親子関係、精神療法などについて語り合った中で出てきた言葉。

「人間を変えることほど面白いことはない」というのは、昨今の色んなことにあてはまる。ネット上の掲示板、NGOの国際協力活動、占い、職場や友だち同士の関係、母親などなど。みんなが色んなことを言っているけれど、すべて自分以外の人間を変えてやろうということから来ているのではないのか。前から思っていたけれど、他人が忠告することってだいたいが無責任で、面白いから言っているという面がある。つまり、人の忠告は聞き流し、自分自身に正面切って問いかけることが一番要なんだ。

バブル期が始まる直前に発行された本だが、今指摘されていることが何点も出てきている。利潤そのものを追求するような経済は行き詰まる、とか、経済の発展によってジェンダー(男と女という性別の特性)が失われて、消費者や労働者という括りで分けられる「人間」になってしまったということとか。だから草食系男子になってしまったのかも。男子に「男」を求めるのは見当違いということか。

伊丹十三自身が色んな価値観やものさしを持って世の中を見ているので、対談相手から引き出されてくるものが多様でおもしろい。でも、最後に辻調理専門学校の辻氏との対談で、伊丹十三がこれまでの経験から「フランス料理をこう捉える」と言ったら「それは一元的な物の見方だ」とばっさりやられていた。そうかな。