読んだ本と、映画館で観た映画の記録をつけています。
おもしろかったポッドキャストの記事の紹介も。ポッドキャストは、NPR:Story of the DayとKCRW:GOOD FOODから。
コピー&ペースト等転載はお断りします。
2011-01-23
水を汲むための人生 [GOOD FOOD]
Original Title: The Burden of Thirst
ピューリッツァ賞受賞の女性ジャーナリストにエチオピアの水事情をインタビューしている。
エチオピアでの取材中、通訳を務めてくれたのはエチオピア人の女性。この女性はエチオピアでは珍しく大学卒でイタリア留学の経験もある。女性の父親が最初に生まれた子どもには教育を受けさせる、と決めていたからだそうで、長子で長女の通訳は十分な教育を受け、現在は割と裕福な生活を送っている。
通訳の実家を訪れたジャーナリストは、通訳とその妹との違いに愕然とする。母親が家事手伝いを必要としていたので、通訳の妹は学校に行かず、自分の年齢すら知らないとのこと。
エチオピアでは、女性は少なくとも1日に3回水汲みに出かけ、8から12時間が水汲みに費やされている。水汲みに行くのは女性だけ。女の子は6才位から、母親が水汲みで不在の間家事を担う。
男が水汲みに行くのは恥とされていて、母親が出産の時だけ男の子が水汲みに行くことがあるとのこと。産業がなく土地が荒廃しているエチオピアでは、男たちは仕事がなく昼間から酒場でたむろしている。農作業もしていない。
水汲みのためだけに人生が費やされ、人間が備えている知性や能力が無駄になっている、とジャーナリストは嘆いている。人々は何千年も前の生活を今も続けている。
偏見や慣習に囚われず社会を良くしようという意識を持つには、やはり教育が必要なのだろうか。
写真は、私がインドで撮ったチャンデリという町の水汲み場。
2011-01-18
難民の定住におばあちゃんの知恵袋 [NPR]
Original Title: Retirees Lend A Hand To Refugees In Fargo, N.D.
老人ホーム入所者が、ボスニア、ソマリア、リベリアなどからの難民の相談員になって定住に力をかしている話。
この事業を始めた女性は、以前から人生経験が豊富なお年寄りたちと、潜在的に助けを必要としている人たちとを結びつける仕事をしたいと思っていた。最初は十代の子たちの相談相手を考えたが、町に海外からの避難移民が増えてきたことから、難民の定住に力を貸してもらうことにした。
来たばかりの移民に英語を教えたり、昼間は家でひとりぼっちになる移民の主婦の話し相手になったり、車の教習をしたり、様々な方面で移民たちの支えになっている。
政府の避難移民定住予算が減るものの、こういったボランティアたちのおかげで町の定住政策は順調にいっているよう。
移民にとってもお年寄りにとっても、人との結びつきが人生を豊かなものにしている。
NPRでは以前も老人ホームの入所者に十代の人生相談に乗ってもらう活動の記事があった。お年寄りはこちらが考えているよりずっとさばけた革新的な考えを持っていて、十代の子たちの心に落ち着きを与えているようだった。その記事には深い感銘を受けて、実は私もそういう活動ができないか考えている。ツイッターを利用したらいいのではないかと思っている。
ところで、この記事の町はノースダコタ州のファーゴ。あの「ファーゴ」ですよ。
2011-01-16
ソーダ購入禁止の是非 [GOOD FOOD]
ニューヨーク市長が、フード・スタンプでソーダを買うのを禁止しようとしている。市長は市民の塩分摂取量25%削減も目指している。NPRでも、スナック菓子に悩む行政の記事があった。フード・スタンプは、貧困家庭に配布されている食料引換え券のようなもの。
番組プロデューサーがニューヨークで市民に街頭インタビューして、市長の方針についてどう考えるかを聞いた。
声の印象では50代後半の男性は糖尿病とのこと。これまで甘いものをたくさん食べた結果病気になったから、何とかしなければねぇ、と言っている。
声の印象では30代のヒスパニック男性。何を買うべきかなんて指図されたくないね。
声の印象では20代の白人女性。学校の友だちがフード・スタンプでアイスクリームやソーダを買っていた。フード・スタンプの本来の目的は必要な栄養をとるためで、アイスやソーダは余裕がある人のぜいたくじゃないのって思う。
声の印象では30代の黒人男性。市長の方針はよくない。フード・スタンプは子どものためで、子どもの成長には甘いものが必要。何を食べようと勝手だ。
声の印象では30代の白人男性。市長の方針はいいと思う。偏った食生活で将来公的機関の負担が増えることになる。これは甘いもの禁止ではなくて健康障害を防止するのが目的なんだ。
声の印象では50代の黒人男性。市長の方針はよくないと思うけど、健康のことを考えないとね。
声の印象では40代の白人男性。条例で禁止するより、食育をするべき。
声の印象では50代の白人男性。栄養のことを考えないでみんな太っていく。正しい方向に導くべきだ。
声の印象では40代の白人男性。みんなソフトドリンク業界の罠に陥っている。砂糖、プラスチック、資源の無駄だ。自分でお茶を淹れて飲めばいい。
声の印象では20代の白人女性。学生の時フード・スタンプをもらっていたが、オーガニック食品を買う時の足しにして、自分の健康生活に役立った。市長の方針は議論を促すのではないか。
声の印象では40代白人男性。市長の方針は非現実的。健康のための食材は高いし、食品産業は不健康だし、選択肢を狭めていくのはどうかと思う。
賛否両論。行政と一部の消費者は糖分と脂肪分の摂取過多に警戒しているが、日本でも全体に肥満の人たちは増えている。供給側の意識改革が求められているのではないだろうか。
2011-01-15
チャップリンの独裁者 [チャールズ・チャップリン監督]
チャップリンの初トーキー映画。ユダヤ人と独裁者を1人2役で演じている。
冒頭は戦場のシーン。一兵卒のチャップリンは主に動きで笑わせるのだけれど、その後独裁者として登場すると音で笑わせる。ドイツ語調に聞こえる言葉で演説しているのだけれど、それは無意味な音でしかない。
サイレントではなくトーキーだとチャップリンが本当にいい男だということがよくわかる。おかしいのだけれど色気があり、かわいさと哀しさが感じられる。
脇役の俳優陣も、台詞を話していることで、生身の庶民としての存在感が迫ってくる。今までのチャップリンの無声映画だと脇役陣はチャップリンのおかしさを際立たせるためだけの存在だったような印象がある。生身の存在があるから独裁政権の圧政に、観客は恐怖や憤りといった感情をかきたてられるのだ。
チャップリンがこの映画をトーキーで撮ったのは、ラストシーンの演説を観客に訴えたかったからとのこと。笑いとサスペンスと哀愁が入り交じってドラマは進行する。そしてラストシーンで、観客は厳粛な気持ちにさせられる。
2011-01-14
スナック菓子の寄付に悩むフード・バンク [NPR]
Original Title: Overburdened Food Banks Can't Say No To Junk
貧困家庭やホームレスに食料を配給するフード・バンクが、配布する食料の栄養価値について悩んでいる話。寄付される食料品にはスナック菓子や清涼飲料水が多く、フード・バンクは受給者の栄養状態に懸念を抱いている。
フード・バンクの年配スタッフには、自身も糖尿病や心臓疾患を患っている人がおり、配給する食品の内容は人ごとでない。安価な食品は高カロリーなものが多く、貧困家庭の肥満は珍しいことではなくなっている。貧乏人は痩せている、のは過去の話だ。
フード・バンクへの寄付の多くは食料品店からで、古くなったり破損している食品を大量に送ってくる。それらの食品はたいてい安価なスナック菓子や清涼飲料水だが、中には健康的な食品も入っているため、フード・バンクは選り好みすることができない。それに今はフード・バンクは大量の食品を必要としている。
不況が続き、経済的に困窮する人たちが増えて、フード・バンクに頼る人口が2006年以来これまでの1.5倍に増えているとのこと。去年は在庫不足のために受給希望者を断るはめになってしまった。
スナック菓子についてはGOOD FOODでも何回か取り上げている。スナック菓子は中毒症状を起こす味付けになっているとか、穀物とプラスチック資源の無駄だとか。供給側が健康な食品を提供するという意識を持つことが求められているのではないだろうか。
2011-01-13
調査のために短命なペンギンたち [NPR]
Original Title: Flipper Bands Can Harm King Penguin Population
生態調査のためバンドを付けられたペンギンが他のペンギンより短命だという話。
フランスの研究チームによると、翼に調査バンドを付けられた皇帝ペンギンの10年後の生存率は、付けていない皇帝ペンギンより30%低かった。さらにヒナの数も39%少なかった。
バンドが付いているためにそのペンギンは泳ぎに支障を来して、食糧を得るのが困難になったり、営巣地に辿り着くのに時間がかかるためヒナを育てる時間が足りない、などの理由が考えられる。
しかしアメリカの学者たちは、それはフランス製のバンドをつけた皇帝ペンギンに限ったことで、すべてのバンドとすべてのペンギンに当てはまるものではない、と反論している。
ペンギンに調査バンドを付けるのは地球温暖化の影響を調べるためでもあるが、生物学者は調査バンドのために温暖化の調査結果が歪むようなことになってはならない、と思っているとのこと。
2011-01-12
白鯨(上) [ハーマン・メルヴィル著]
本好きならば押さえておかなければならない名作なので、読むことに。
鯨に関する博物学の導入部が長い。「白鯨」の主人公はエイハブ船長と思っていたが、エイハブが登場するのは上巻の中盤を過ぎてから。しかもその後もあまり姿を現さない。
19世紀末のアメリカ東海岸の捕鯨の港町の様子がよくわかる。捕鯨船員たちの生活や、捕鯨がいかに人々の生活を支えていたかも。
一番印象に残っているのは、語り手のイシュメールと心の友クィークェグが泊まった「煮こみ亭」のチャウダーの描写。むっちりしたハマグリの身とバターでとろりとしたチャウダーの描写にお腹が空いてきてしまった。タラのチャウダーというのもまたおいしそうだ。
語り手はイシュメールという商船船員から捕鯨船員に転身した船乗りで、登場人物紹介に「全知全能者の視点から物語を語る」と書かれているが、イシュメールが語っているのかメルヴィルが語っているのか、混然一体としている。
巻末に訳者による注釈があり、これも面白い。聖書からの引用、当時の風聞、通説、事件などが簡単に記されている。英文学研究の面白さはこういうところにあるのか、と思った。
白鯨の時代は、日本では幕末。日本人は近海で鯨を追っていたが、アメリカやヨーロッパの船は地球を一周して鯨を追っていたのですね。
続いて中巻も読んでいきます。
2011-01-11
ホロコーストを現在形で語る「ショアー」 [NPR]
Original Title: 'Shoah': 25 Years On, Always In The Present Tense
ナチスのユダヤ人収容所についての証言をまとめた9時間半の映画「ショアー」が公開されてから25年。監督と証言者、映画批評家があらためてショアーについて語っている。ショアーはヘブライ語で破壊や大惨事を表す言葉。
制作に10年以上を費やしたこの映画は、収容所を生き延びた人たちの証言で成り立っている。当時のニュース映像などは一切使われていないらしい。
ランツマン監督は独自の手法を使って証言者にインタビューしている。収容所で犠牲者たちの髪を切っていた証言者に理容院でインタビューするとか、収容所で置かれていた状況と似た状況に証言者たちを置き、容赦なく収容所であった出来事について問いつめていく。
実は証言者と監督は通訳を通じて会話している。監督の質問がありのまま証言者に伝えられているのか、証言者の言葉もありのまま伝えられているのか、という懸念もある。
しかし、ここで表現されているのは言葉によるものではない。証言者の沈黙、言い淀み、表情が、観客にホロコーストは現在形だと訴えているのだ、と言う映画研究者もいる。
ランツマン監督はこの記事の時点で85才。絶対"私"とは言わず"我々"と言っている証言者たちは犠牲になったユダヤ人たちの死のスポークスマンなのだ、と言っている。
「沈黙に真実がある」というのは真理ですね。それにしても9時間半は長い。ダイジェスト版を見たことがあるが、無音の時間の長さに緊張が弛んでしまった。
写真は、私が撮ったカンボジアのトゥールスレン収容所跡。ここでは、カンボジア人が同じカンボジア人を虐殺した。
2011-01-08
女の涙にゃ弱いワケ [NPR]
Original Title: Smell That Sadness? Female Tears Turn Off Men
女性が泣き出すと急に男性の怒りが静まったりすることがあるけれど、それは涙に怒りをやわらげる成分があるからではないか、とイスラエルの科学者たちが研究を始めた。
女性の涙を集めて男性に匂いを嗅がせたところ、男性ホルモンの値が下がり、性的覚醒に関わる脳の部分が沈静した。女性の頬に塩水をしたたらせて匂いを嗅がせてもこのような変化は見られなかった。
この研究結果に対して、イスラエル人の涙だけに見られる結果かもしれない、と否定的な見方もある。
人間の涙を研究しているオランダ人科学者は、涙は確かに男性ホルモンに変化をもたらす何かがあるが、それよりも絆や思いやりに関わるオキシトシンという物質に対する変化が大きい、と言っている。
ここぞという場面では涙を惜しまない方がいいのかもしれない。
2011-01-04
ニューヨーク・アンダーグラウンド [NPR]
Original Title: Into The Tunnels: Exploring The Underside Of NYC
NPRの(中年?)女性記者が、地下歩きの達人とニューヨークの地下を歩き回った話。
地下歩きの達人は、コロンビア大学大学院生の32才。大学時代、数学の試験勉強をしていた深夜、問題を解くためにはコンピューターセンターへ行かなければならず、大学近辺の地下システムを知っている友達に頼んで地下からコンピューターセンターに忍んで行ったのが、地下歩きを始めたきっかけ。
地上にも危険はあるが、地下にも違った種類の危険がある。まず空気が悪い。ガス管が通っているので、もしガス漏れしていたらヘッドライトの小さな火花ですら大爆発を起こす。
記者の最初の地下歩きは、道路のマンホールから排水渠へ。ニューヨークを流れる川の下にある排水渠で、途中で雪解け水があふれている箇所があり、危険だというので、地下歩きの達人だけが水を掻き分けて先に進んで行った。記者たちはそこで朝5時まで待たされた。
地下歩きの達人は、地下では時間の流れが異なるんだよね、と言っている。実際は3メートル程度だけれど、人間社会から100万マイルも離れた所にいるような感じがすると。
一行は水があふれている排水渠からコロンビア大学方面へ移動。かつて精神病棟があった建物の地下で仮眠を取る。ここは木造で、地下の中では比較的暖かい場所。
6時間の仮眠後、一行は出発し、コロンビア大学の暖房施設から地上へ出る。出た所には「哲学」と書かれたドアがあり、何やらミステリアス。「哲学」のドアを開けてみると、そこは教授たちのクリスマスパーティ会場だった。
次の地下歩きは、地下鉄の廃線路。最終電車が去った後、一行は線路に下り歩き始める。地下鉄線路には高圧電流が流れているので、十分注意しなければならない。そういえば、1974年制作の映画「サブウェイ・パニック」のラストで犯人の一人が線路の高圧電流で自殺するシーンがある。
しばらく歩いているうちに、達人が人影を見た、と言っていきなり走り出す。地下鉄の警備員に見つかったらしい。地下歩きは完全に違法なので捕まるわけにいかない。この日の地下歩きは中止された。
記者の最後の地下歩きは、アムトラックのトンネル。アムトラックはアメリカ横断鉄道の名称。ホームレスの人たちが住んでいるが、各人の住処は互いに離れているよう。ここで50才になる(黒人?)女性ホームレスを訪ねる。本人によると、海兵隊除隊後両親が亡くなりホームレスになってしまった。猫がトンネルに入っていくのを見て、追いかけて来たらここを見つけ、住むようになったとのこと。
何にも持っていないけれど、何でも持っている地上に住んでいる人たちより自分の方が幸せ、と言っている。
地下歩きの達人は7年前、腰に骨癌を患った。医者に、もう歩けるようにならないと診断されたが、回復。後遺症で以前のように走れないし、歩いているうちに関節炎で腰が耐え難いほど痛くなってくる。地下歩きの冒険もそのうちできなくなるはず。だから何でもできるうちに人生を楽しむ方がいいと思うようになった。
達人は、ほぼ完全なニューヨーク地下マップを作り上げたとのこと。恐らくニューヨーク市当局ですらそこまで地下を把握していないはず。
将来は、インディ・ジョーンズのように半分教師として、半分冒険者としてやっていきたい、と言っている。
2011-01-03
ボルネオ
ボルネオ島を旅してきました。
ボルネオ島はマレーシア、ブルネイ、インドネシアの3カ国に属している島です。ほぼ赤道直下。私が行ったのは、マレーシア側のサラワク州。
ミリという町がツアーの出発点で、そこからボートを3回乗り継いでグヌン・ムル国立公園までマリナウ川を遡りました。
ムル国立公園には山あり洞窟あり渓谷あり。変化に富んだ自然を楽しむことができます。もちろんジャングルも。
2日目は、マリナウ川沿いにあるウィンド洞窟とクリアウォーター洞窟を見学。原住民は洞窟を神聖な場と考え内部に入らなかったので、鍾乳石が自然のまま形成されてきました。クリアウォーター洞窟は、洞窟内に川が流れており、乾季にはこの川を伝ってウィンド洞窟へ歩いていけるとのこと。
この日は、更にクアラ・リトゥットという場所まで川を遡り、そこからジャングルの中を8キロ歩いてキャンプ5へ移動。
3日目、キャンプ5からピナクル山に登りました。ピナクル山は標高1700メートルのどちらかというと低山ですが、登山口が標高50メートルなので、標高差は1650メートル。なのに登山ルートの全長は2.4キロ。
始めの2キロは50~60度の急傾斜。最後の400メートルの地点に午前11時までに到着しなければ引き返さなければなりません。ここから頂上までのルートはほぼ垂直で、岩に取り付けられたハシゴを16個登り継いで行きます。ほとんどゲーム「トゥームレイダー」の世界。
頂上からは、尖ったライムストーン(石灰岩)群が望めます。リスがいて、登山者のお弁当のおこぼれを期待して、穴から出たり入ったり。
下山は登りよりキツかった。途中から雨が降り出し、木の根や岩が滑り、何度も尻もちをつきました。一度などはバランスを崩して頭から滑り落ちたのです。50センチ位ですけれど。本当に下山が一番キツかった、けれども日のあるうちにキャンプ5に到着。
夜は筋肉痛がひどくてよく眠れず、しかもジャングルから野生のショウガの強烈な匂いが漂ってきて、うなされるようでした。
4日目、再びクアラ・リトゥットまでジャングルを8キロ歩き、ボートで公園本部へ戻りました。この日の夕刻、ディア洞窟を見学。世界一大きな洞窟でジャンボジェット機が30機入れる位の広さとか。12種300万匹のコウモリが棲息していますが、それゆえに洞窟内の異臭は凄まじかった。今も思い出すとその匂いが甦ってくるようです。
ディア洞窟から公園本部へ戻る途中日が暮れて、闇の中に蛍が飛んでいるのを見ることができました。
5日目、ムルから飛行機でクチンへ移動。6日目にクチンから車でイバン村へ行きました。
イバン村の住民は昔首狩り族だった少数民族。ロングハウスという特徴のある家屋に村人全員14家族が住んでいます。
ロングハウスの前を流れる川は、子どもたちが水遊びをしたり、女性たちが洗濯をしたり、おじさんたちが汗を流したり、村人全員の憩いの場のようになっています。私もサロンを着て川に入りました。水は冷たかったけれど、川に入るとしばらく汗が引いて気持ちよかった。
ロングハウスの生活は不便だけれど、自然と一体化した心安らぐものがありました。それでも村のすぐそこまで道路建設が進んでいるのです。この光景は数年後にはもうなくなっているのでは。
ロングハウスに2晩泊まり、8日目にクチンへ戻りました。クチンに戻る途中、セメンゴ野生動物センターに寄ってオランウータンを見てきました。オランウータンは意外に大きかった。クチンに戻ってツアーは終了。
ツアー終了後クチンからクアラルンプールへ飛行機で移動、クアラルンプール観光しました。
熱帯雨林のジャングルの面白さを知ったので、いずれニューギニアに行ってみたいと思っています。
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