2010-01-28

悪人正機 [吉本隆明 糸井重里著]


イトイさんが吉本隆明に仕事、正義、素質などのキーワードについて訊ね、その答えをまとめた本。いろいろうなずく言葉が多かった。

天才について、「そういう領域の特色というのは、着想です。そこでは、着想がまるで違う」

「普通の人がぜいたくして、いい洋服着たりうまいもの食ったりっていう、そのテーマがなくなっちゃったら、歴史の半分がおもしろくねぇ」

たしかに、少しでも贅沢したい、いい服を着たい、おいしいものを食べたいという欲求が文明を押し進めて来たのではないか。

そして、「みんなが同じようにそのことに血道をあげて、一色に染まりきらないと収まりがつかない」事に対して「そういうことは戦争中にさんざんやってきて、結局、無効だったってことなんですから」と言っている。それは太平洋戦争時代の日本だけでなく、ソ連、文革時代の中国、赤軍派、現在の北朝鮮にも通じる。今の日本にも会社や学校、何かの団体で、みんなが同じように一色に染まりきることを要求する場がある。それは「無効」だと吉本さんが断言しているのは心強い。

他にも例えば「耐え忍んでやっていくというのは『ひとつのやり方』にしかすぎない」というのもあった。耐え忍ぶのは強さであり美徳だと一般に誉められるが、そうしなければならない、ということはなくて、その人が選んでいるにすぎないのだ。

心強かったのは、「自己評価よりも下のことだったら、何でもやっていい」という言葉。これは甘えではないのですよね。背伸びをして実際より大きく見せようとすることは、却って心の負担を伴って消耗してしまうと思う。それにどこか不安を抱えているから、人に足元を見られることもあるだろう。吉本隆明も「それ以上のことをやろうってヤツはダメだ」と言っている。

語られている考えが私の考えと全く違う、ということがなく、これほど影響力のある思想家が同じようなことを言っているというのが心強かった。

この本は、2001年6月5日に第一刷で同月15日にすでに第二刷。相当売れたのですね。