2009-06-30

アンコール・ワットの発見 [アンリ・ムーオ著]


アンコール・ワットの発見者と言われているフランス人博物学者アンリ・ムーオが19世紀半ば、タイ、カンボジア、ラオスを旅した際の日記。

ムーオはフランス人だがプロテスタントで、イギリスで暮らし、奥さんもイギリス人だった。1857年から1867年までの間に4回、インドシナ半島を旅している。

アンコール遺跡は1859年1月から1860年4月まで旅した第2回探検の際、"発見"している。

この時期、キリスト教宣教師が精力的にインドシナ半島で活動していて、そのうちの何人かがムーオより先にアンコール・ワットを見つけているのだけれど、解説によると、アンリ・ムーオの客観的で学術的視野に立ったこの日記によって、彼に「発見者」の称号をあたえるようになったらしい。

ムーオは1867年にラオスからメコン川を下ってカンボジアに入るルートを旅しようとして、途中病に倒れ、客死している。ラオスの世界遺産の町、ルアンプラバンにムーオのお墓があるとのこと。

今ではアンコール遺跡へ行くのも、ラオスへの旅も安全で衛生面にまったく問題はない。でも、旅はいつの時代も人にとって冒険です。旅の途中は不愉快なこと、疲れること、いらいらすることの連続なのだけれど、また次の旅に行きたくなる。しかし、ムーオは真摯に誠実に旅と向き合っている。だから、彼の死後も地元ガイドは彼の日記を大切に保管し、こうして今の時代も読むことができるようになった。誠実な旅をしなければいけないと思う。つまり、行った先の文化や人々を尊重するということ。

2009-06-18

東京の下町 [吉村 昭著]


著者が子ども時代を過ごした、戦前、戦中の日暮里あたりの町の情景を描いたエッセイ。

よく戦前、戦後という言い方をするけれども、戦争が始まる前、大人たちは「震災前」「震災後」と言っていたとのこと。

これまでも、東京(江戸)は火事や地震で街並みが一瞬のうちに失われるという経験を何度もしているから、町の景観を大切に引き継いでいこうという意識があまりないのかもしれない。

「昔はよかったというけれど、決してそんなことはない」と何度か言っている。蚊、蝿などの害虫の発生のことや、ドブさらい、汲み取りのこと、子どもが疫痢にかかって死ぬことが多かったことなど、日本も途上国と変わらない状況だったのがわかる。

それから、人々の他者に対する思いやりだけでなく、差別意識、不信感などがあったことについても書かれている。

良いことも悪いことも、今はもうなくなっているが、現在の良いことも悪いことも60年後にはまたなくなっているでしょう。

その時代時代の情景を文章でも残しておくことは、必要だなぁ、と思う。街並みを残しておくことができないのだから、尚更。

2009-06-15

ガリレオの苦悩 [東野圭吾著]


東野圭吾の作品を初めて読んだ。

本当に本格推理物なんですね。しかも人間がきちんと描かれている。人気があるはずです。内海刑事の女性としての観察力など、よく女性の話を聞いているなぁ、と関心。本人も名探偵だよ。

短編集で、すいすい読めてしまった。機会があれば別のガリレオものも読んでみようと思う。

2009-06-10

レイプ事件で注目される約款 [NPR]


Original Title:Rape Case Highlights Arbitration Debate

「戦争サービス業」「戦争請負会社」に必ず名前が出てくる民間軍事会社の一つにハリバートン社がある。この会社に雇われ、2005年イラクに派遣された20歳のアメリカ人女性社員が、イラクに着いて4日目に、ハリバートン社の社員数人にレイプされた。飲み物を勧められてふた口飲んだ途端意識を失い、気が付いたら裸でひどく殴られた跡が体中にあった。乳房の形が変わってしまったほど。

彼女は、ハリバートン社を裁判に訴えたいのだけれど、どの裁判所も彼女の訴状を拒否している。なぜか。雇用契約書に、社員は会社を裁判に訴えられないという条項があるからのよう。

会社を裁判に訴えることができない、という条項はクレジットカードの約款にもある。でもあんなに細かい文字で延々と続くわかりにくい文章のどこにそれが書かれているのか、殆どの人たちはわからない。わからないまま契約をせざるを得ない。

もし、クレジットカード会社との間に何らかの問題が発生した場合、裁判ではなく調停に持ち込むことになる。これまで調停に持ち込まれたケースのうち、消費者の94%は負けている。というわけで、負け戦とわかって調停に持ち込む消費者は殆どいないので、殆どクレジットカード会社の思い通りにコトが進んでいるというわけ。

しかし、このハリバートン社の若い女性社員のレイプ事件で流れは変わってきているよう。この女性は自分の一生をかけて、会社を裁判に訴えることができないという約款の条項を撤廃する運動に貢献していく決意でいる。

何か問題があれば裁判で戦いたいというのはアメリカ人だからこそ、かも。それにしても、民間軍事会社はやはり暴力団と同じではないか。そして「戦争サービス業」「戦争請負会社」に書かれているように、民間軍事会社は国の行政と密接な関係にあり、法的に守られているという事実の一端を見た。法務省はNPRの取材に対して、なぜこの女性社員の訴えを裁判所が取り上げないのか、という理由の説明を拒んでいるという。

2009-06-08

「美しい」ってなんだろう?-美術のすすめ- [森村泰昌著]


名画の人物や女優に扮してのセルフポートレートで有名な美術家、森村泰昌氏が中高生向けに連載していたシリーズの単行本。

読みながら、「美しい」とは何かということばかりでなく、生き方、考え方をじっくり考えてしまった。美術の見方について深い示唆がある。

アンリ・カルティエ・ブレッソンの作品を解説している章で、「ナルホド!」と膝を打った。作品の構成の骨組みを考え、レントゲンにかけて見てみるということ。これをブレッソンの写真全てにやったら、自分の写真が変わるんでは?と期待を込めて思う。

読者からの質問に答えるコーナーも興味深い。モリムラ先生が言っていることは、何にでも一度は接してみよう、ということ。雑多な種を蒔いておくと、思わぬ時に思わぬ芽が育ってくる、それが人生の面白さだ、と。

何にでも接してみよう、というのは肯定的な態度ですね。物事を肯定的に見る人は、人を惹きつけるのではないかと思う。ひとりぼっちでない方が、生きやすいですね。

2009-06-06

オレンジジュースの真実 | 移動畜殺車 [GOOD FOOD]


Original Title:Burritos North and South; In-N-Out Secrets; Mobile Slaughterhouses; Biodynamic Wine

オレンジジュースの真実

オレンジジュースの製造工程について本を書いた著者にインタビュー。

オレンジジュースは、1900年代にオレンジの収穫量が過剰になったためと、戦地の兵隊の食料として製造されるようになったことから、飲まれるようになった。

オレンジジュースが100%オレンジから作られていることに間違いはないそう。でも果汁を絞ってから製品になるまで最長1年はタンクの中で保存されており、その間に風味は抜け落ちて単なる砂糖水となってしまうらしい。そこで”オレンジジュース”らしくするために、香料やその他もろもろの添加物を混ぜている。

もし「搾りたて」とあったら、それは「搾りたて」のジュースを上に乗せているだけ。しかし、さすがに「搾りたて」でないことが明らかなので、「搾りたて」として売っているメーカーはない。

この事実に番組ホストは相当ショックを受けている。私も、風邪をひいた時オレンジジュースを飲んでも意味がないんだ、と思った。

やはり果物は生のまま食べるのが一番よいのですね。

移動畜殺車

ワシントン州のロペス島で、畜殺を請け負う組合(?)の話。ロペス島は、北米大陸西岸の、カナダとアメリカの境にあるジョージア海峡に浮かぶ島。

アメリカでは農務省の許可を受けた肉しか市販することができない。しかし、ロペス島のような遠隔地で農業を営む人たちにとっては、農務省の許可を受けた畜殺場に家畜を連れていくだけでも大変な費用がかかる。まず海を渡らなければならないし。

かといって、狭い島の中に畜殺場を建設することも難しい。近隣住民の反対もある。

そこで組合は農務省の許可を受けた畜殺車を作り、各農家の敷地内で家畜を食肉に加工処理する。外観は大型トレーラーそのもの。車の外で屠殺した家畜をトレーラーに運び入れ、流れ作業で加工していく。

この方法はロペス島以外の地でも取り入れられつつあるとのこと。地元で育った食肉を新鮮なうちに販売することができるし、畜殺場までの長距離の移動というストレスを家畜が受けないため、肉の風味がよいらしい。何より、農家にとって移動と保存という余分な経費がかからないのがよい。まさに地産地消ですね。

でもちょっと悲しい気分。

2009-06-05

戦争請負会社 [P.W. シンガー著]


ふぅ、やっと読み終わった。

シンガーは、民間軍事請負企業(PMF:Privatized Military Firm)の出現で、これまでの国際安全保障研究の前提を見直す必要があるのではないか、と言っている。つまり、軍事力を持つのは国家だけで、国家間の関係を考察する安全保障研究の前提が"挑戦"されているということ。

この本は2002年4月に出版されている。9.11の後でイラク戦争が始まる前だ。この本の前に読んだ「戦争サービス業」は2008年に出版されている。出版順に読んだら、「戦争サービス業」のユッセラーは、「戦争請負会社」のシンガーの受け売りを書いているのではないか、と思ったかもしれない。

シンガーは、PMFに対する人々の態度は賛成か反感の両極端しかないが、自分はこの本で中立的な立場からPMF産業に関する情報を提供し考察したい、と言っている。しかし、私の見るところシンガーはどちらかというとPMF容認派のよう。PMF産業の暗黒面を見据えて、監視体制、法規制を整備し、政策を検討したらどうか、と言っている。

ユッセラーは「民間軍事会社の利用は必要だとおっしゃるが、本音は結局のところ政治的打算、政治的なご都合主義の問題でしかない」と強い口調で非難している。

シンガーはアメリカ人で、ユッセラーはドイツ人。背負っている軍事にまつわる歴史観の違いがある。

この本で日本が言及されているのは四箇所。

p.84の、18世紀末オランダ東インド会社の軍隊の兵士は2万5000人以上いて、その殆どが日本人とドイツ人の傭兵だったという記述。

p.146の、米国における外注化は、1980年代に日本株式会社が米国経済を追い上げていた時、企業が中核能力に集中して効率を高めようとしたことから始まった、という記述。

p.203の、通信手段を提供している軍事支援企業の一つ、I.ディフェンス社は、伊藤忠といった大会社と協定を結んでおり、PMFの異業種提携の前触れのようだ、という記述。

p.391の、ある政府がPMFと契約すれば、クーデターの危機に晒されるリスクを負うという見解の箇所で、「歴史的に部外者の指導による軍改革は、オスマン帝国からロシア、日本、エジプトまで、暴力的な内部衝突を引き起こした」と書いている。

それにしても地下資源があるということで、どれだけその国を疲弊させるか。もし日本に希少な地下資源があったら…。「貧しき者汝は幸いなり」ですね。

実は出だしでシンガーさんとは気が合わないかも、という箇所があり、読み終わるまで本当に長くかかってしまった。