2012-10-28

とり・みきの映画吹替王 [とりみき著]


今や貴重な資料だ。とりさん、よくぞこの本を作ってくれました。広川さん、那智様、納谷さんのお話しを読むことができる。

子どもの頃、テレビの吹き替え版映画で映画の面白さを知った。俳優本人の声も含めての演技であり映画そのものなのだ、という意見もあるけれど、やっぱり内容がよくわかった方が面白い。それに、今の声優ブーム、というか世間の声優好きは、この吹き替えのおかげではないかと思う。すごく魅力的な世界を繰り広げてくれたからこそ、声だけの演技に多くの人たちが魅了されたのではないかと思う。でも声優の方々は、声優じゃないんだ、役者なんだ、という自負を持っていらっしゃる。本当に、みなさんの一つ一つの仕事にかける真剣さが映画を面白くしたと思う。

吹き替えの方法に、同時録りと別録りがあることを知った。ハリウッドアニメは別録りとのこと。役者が一人でブースに入って、自分の役の台詞だけを吹き込む。演技の上では相手役の声優とまったく絡まない。でも画面では複数のキャラクターが絡んでいる。若山弦蔵さんは別録り派とのこと。アテレコはスクリーンで演じている俳優にいかに合わせるかであって、共演者との絡みは考えなくていいのだ、という。しかしこういった別録り派は少数で、羽佐間さん、広川さんは、芝居は共演者間のリアクションで良くなっていくのだという考え。たとえそれが洋画のアテレコであっても。

羽佐間さんの「若手に対して「だめなんだよ」と言う人は昔からたくさんいるんですよ。いつの時代でも。でも本当に大事なのは「若手から盗む」ことなんです」という言葉が印象深い。どの業界でもいえることだと思うし、若手から盗む気合いのあるベテランこそが生涯現役として活躍できるのではないかと思う。

再放送の報酬についての労働争議についての記事も掲載されている。華やか(?)な声優業界の先達の苦労を知ることができ、本当にこの本は貴重だと思う。

むか〜し、FM TOKYOでサントリーがスポンサーの番組があり、そのCMは名画の一場面をウィスキーに関連付けて吹き替えした声優が演じていた。カサブランカ、パリの恋人など。その声優の声を聞くだけで映画のシーンが脳裏に甦ったものだった。

2012-10-21

帽子収集狂事件 [ジョン・ディクスン・カー著]


ロンドンで帽子を盗まれる事件が多発。犯人には「不思議の国のアリス」のいかれ帽子屋の名がつけられるが手がかりがないうちに、古書収集家の帽子も盗まれる。

さらにその古書収集家が入手していたポオの未発表原稿が盗まれ、その上甥の新聞記者までもがロンドン塔で盗まれた帽子を被った遺体となって発見される。ロンドン警視庁の友人から原稿盗難事件の捜査を依頼されたフェル博士が、いきがかり上、殺人事件、さらに帽子盗難事件も解いていく。

ポオの未発表原稿、というのは何かとミステリの題材として登場することが多い。

古書収集家を取り巻く人間関係からフェル博士は真相に辿りつくのだけれど、20世紀初頭のロンドンの風俗が描かれているのが面白い。それから半世紀、戦争を経て人間の生活はすっかり変わってしまった。この時代だから描けるトリックというのもあると思う。

2012-10-18

團十郎の歌舞伎案内 [十二代目市川 團十郎著]


おもしろい!すごく面白い。ものすごくおもしろい!!!

十二代目市川團十郎が、平成19年に青山学院大学の日本文学科客員教授として行った集中講義をまとめたもの。初代から十一代までの團十郎の紹介を軸に、歌舞伎の歴史と歌舞伎の演目について解説している。

この本は本当の日本史を描いている。授業や歴史小説で知る日本史はその時の権力者を中心に構成されているけれど、この本は庶民の視点からの文化の変遷をおしえてくれる。

歌舞伎は、女性による阿国歌舞伎踊りから始まり遊女歌舞伎を経て野郎歌舞伎になったとのこと。女役者は性風俗と同一視されて禁止されたらしい。

歌舞伎のあり方について語っている点について共感した。

"「私たちはここで満足です。これ以上はもういいです」という謙虚な姿勢があれば起こるはすがない事件だと思います。歌舞伎もそういう危険な領域に入っていかないよう気をつけなければなりません。-略-もちろん、ある程度の儲けは必要だけれど、それ以上に欲張らない。そういう芸能であってほしい。決して守りの姿勢に甘んじなくとも、それは可能だと思っております"

日本という国が今後あるべき姿でもあると思う。欲をかいては自滅する、というのは寓話によくあるパターンではないか。歌舞伎が17世紀後半から3世紀半も続いているのは、そういった謙虚を忘れていないからではないかと思う。

この人は役者でありながらも、郷土史家でもある。巻頭の写真ページに子どもの頃の写真があり、ものすごくハンサムな少年でびっくりした。こんど宮尾登美子著「きのね」を読んでみようと思う。

2012-10-08

ウー・ウェンの中国調味料&スパイスのおいしい使い方 [ウー・ウェン著]


タイトル通り、中国独自の調味料とスパイスを使った料理の紹介。取り上げられているのは、甜麺醤、豆板醤、腐乳、豆豉、オイスターソース、花椒、八角、クミン、五香粉、陳皮。

特に甜麺醤、豆板醤の使い方が参考になる。豆板醤は麻婆豆腐を作る時くらいしか使わなかったが、甜麺醤と合わせたり、はちみつと黒酢と合わせたり、辛味だけでなく、色々な味付けに使えることがわかった。

それから、香辛料の炒め方。熱した油に入れるとすぐ焦げてしまうが、鍋に油と香辛料を入れてから火にかける、とのこと。なるほど。

手作り肉みそ、手作り具だくさんラー油、手作りXO醤、自家製ラー油は重宝しそうなので、作ろうと思う。

中華材料屋で干し貝柱、干しエビをよく見かけるが、この本で使い方がわかった。

2012-10-04

僧正殺人事件 [ヴァン・ダイン著]


都筑道夫著「黄色い部屋はいかに改装されたか?」に、外せない本格推理の古典とあったので読むことに。

ニューヨークの高級住宅街の一角で、ある男が弓で胸を射られて殺される。その男の名はクック・ロビン。(パタリロ?!)そして、マザー・グースの唄になぞらえるように次々と殺人事件が。被害者はみなある数学者と関わりのある人々だった。僧正を名乗る人物からの犯行声明らしき手紙が届き、捜査は難航する。

もしかしたらむかーし、推理物を読み始めた小学生の頃に読んだのかもしれない。目星を付けた登場人物が犯人だったし、犯人のように描かれている登場人物が犯人ではない証拠、というのにも見当がついた。

こういう本格推理の主人公の探偵は大体冷戦沈着で物に動じることがないが、ファイロ・ヴァンスも「生まれつき冷静で、いつもは感情をつとめて抑制するように心がけて」いる。有力な手がかりとなる証言が語られている時、ヴァンスは「ゆっくりと思索するようなかっこうで、ポケットに手をやり、シガレット・ケースを探って」みたり、「ゆっくりとかがみこんで、あのいかにもごていねいなやり方でシガレットを灰皿に押しつぶしていた」りする。それが「興奮を抑えている証拠」なのだ。どうしてそんなに落ち着いていられるのですか。

数学者と関わりのある人々が殺されるので、数学の公式や物理学についての理論などが多数出てくるし、ヴァンスが数学や物理学について語る場面もある。リーマンとクリストフェルのテンソルという、球面ホマロイダル空間のガウス曲率の決定に使う空間の無限性を表現した公式が事件の鍵となっている。この説明、本からの抜き書きだが、意味がまったくわからない。

そういうわけで「僧正殺人事件」は単なる殺人事件解明の物語ではなく、読者の知的好奇心を掻き立てる教養小説でもある。ヴァン・ダインは最初覆面作家としてファイロ・ヴァンスシリーズを書いていたので、これほど教養のある作品を書くのは誰なのか、と当時作者を探し出す騒動もあったとのこと。

殺人事件の解明を軸に知的好奇心を掻き立てる教養小説といったら、個人的にはウンベルト・エーコの「薔薇の名前」が最高傑作だと思う。

僧正殺人事件は1929年の作品。