2012-07-25

イスラームから見た「世界史」[タミム・アンサーリー著]


深く、面白い!!!視点を転換させられた。

イスラム世界を中心に据えて世界史を語っている。この本を読んで、これまで世界史の中で漠然と知っていたことの背景がよくわかった。例えば、バビロン捕囚、イスファハーンという都市の成り立ち、ヨーロッパの知識人がアラブを通してギリシア哲学を知ったこと、シルクロードにイスラム教が広がったこと、マルティン・ルターの宗教改革の意義、シーア派、ジハード、オイルマネー、911に至るアラブ社会のひずみ。

「銃・病原菌・鉄」を読んで、人間の歴史についての視点が大きく変化したのだけれど、この本はさらに視点を大きく転換してくれた。人類の文明発祥の地がその後どうなっていったのか、という、ある意味押さえておくべき歴史であると思う。

イスラムといえば女性隔離が特徴として挙げられるが、この本はイスラム世界でなぜ女性が被保護者として社会から隔離されてしまったかの経緯についても提示している。

著者は、イスラム初期には女性も戦争を含む社会活動に積極的に参加し、為政者も行政に女性を採用していたが、第2代カリフのウマルが「性的欲望の破壊的な威力を弱めるために−略−男女の役割を規定し、男女を隔離するという手段をとった」(p.119)ことで、女性が社会活動から遠ざけられてしまった、と述べている。"性的欲望の破壊的な威力"って。砂漠には他に楽しみがないとはいえ。

女性隔離は、その後ビザンツ、ササン朝ペルシアの慣行を真似ることで、ますます確固たる社会ルールとなったよう。ビザンツとササン朝ペルシアでは「上流階級の女性はその地位の高さの証として深窓に隔離されていた」(p.225)。

第2代カリフのウマルはまた、クルアーンを拡大解釈して飲酒も禁止した。

意外だと思ったことは、11世紀の十字軍の時代、イスラム圏ではジハードが死語と化していたこと。ムスリムは、十字軍が攻撃してくるのは自分たちがイスラム教徒だからとは思っていなかった。

攻撃といえば、モンゴル襲来でイスラム圏が壊滅寸前に追い込まれたことも知った。日本にもモンゴルは元寇としてやって来たが、イスラム圏では文化が変わってしまうほどの衝撃であった。

「銃・病原菌・鉄」を読んだ時、日本の明治維新がどれほどの幸運な巡り合わせで興り、日本という国をうまい具合に現代史の潮流にのせたかがわかったが、この本を読んでもう一度、明治維新の奇特さがわかった。以前読んだ本に、エジプトとトルコでも日本の明治維新のような運動が起きたが、うまくいかなかった、と書かれていた。この本でエジプトとトルコで改革運動が挫折した背景をよく知ることができた。エジプトとトルコのみならず、18世紀にはイスラム圏全体で改革運動が興っていたのだが、どれも中東におけるムスリムの生活を"より良く"するには至っていない。

読んでいて色々視点を転換することができたのだけれど、そのひとつは中世ヨーロッパについての記述で、個人的に興味を持っているバルカンについて理解する手がかりを得たように思う。バルカンについてはほんのちょっぴりしか触れられていないが、キリスト教徒とイスラム教徒が長く共存していたこと、バルカンがヨーロッパ内で立ち遅れてしまっていることの背景について、今まで読んだバルカン関連の本よりもずっと実感をもってわかってきた感じがする。

一番はっとさせられたのは、「つい忘れてしまいがちだが、世界を国家の集合体に組織するという動きが始まってから、まだ一世紀も経っていないのだ」(p.576)ということ。

そして、世界の歴史とは「きわめて重大な一連の出来事だけで構成されている」(p.19)という主張に強くうなずいた。

著者はイスラム社会で生まれ育ったとはいえ、本当によく調べて書いている。しかも中立の立場を貫いている。個人的に、今年のベストワンです。